30年程前に「マディソン郡の橋」という本を読み、
心を揺さぶられた記憶が脳裏をかすめて、
と同時に、黙殺された承認の欲求をなんとかしたくてしょうがない衝動に素直に反応して
したためている次第です。

 

ストーリーはググれば出てくるので割愛しつつ、「キレイな話」「いや所詮不倫」など賛否両論のお話でした。
その後イーストウッド主演で映画にもなったのですが、観賞したかは記憶が定かでありません。

ただ、自分の心が揺さぶられた点が他の人達と違ってるんだなと認識した記憶があります。

 

当時刺さった点は、ラストで「母の人生の違う側面を知った子供達の判断は、もし自分が同じ立場だったらできるかな」という点でした。
伝える側の葛藤も想像されますし、託される側の葛藤も、、、

そこには、やさしさ、信頼、許し、愛、又はそれらと真逆の言葉が並び、それこそ人によって判断の分かれるところなのでしょうが、
最後に「子供達は認める」事にした。

いや、事実は事実として認めざる負えないともいえるのでしょうか。
いや、いや、本当はもっと淡白だったのかもしれないですね。

 

そんなこんなで、不倫の話でもなく、キレイな話でもなく、「価値観の違いを認める事を訴える為のストーリー」だと解釈していた
のですが、どうも人とは違っていたようで、黙殺となりました。

でも、そんな自分も認めざるを得ないし、認めたいので認めます。
抑えられた承認の欲求を今、自分で認めるためのほぼ半年誌でした。

皆様よいお年を