こんばんは。
今日のお題は「原発問題に見る勝者なき戦い」。
Instagramには投稿したのですが、日誌のネタに再投稿です。

具体的な事をいろいろ書くと、それ自体「勝者なき戦い」に参戦することになるので、はしょります^^
はなから結
力を維持・技術を成長させながらソフトランディング。
エネルギーもリスクを取れるものにシフト!
(原子力か否かは別 例:核分裂NO 核融合OK 自然エネルギーOK など)
月並みですが、普通にそう思います。
それが出来たとしても数十年見過ごしてきた当事者の成しえる事、・・・・勝者なんかじゃないし。
今、原発事故が起きてしまったこの期にこそ、ただ「反原発を唱える」のではなく、「どうありたいのか」「何が問題なのか(原発そのものじゃなく)」を見極める時なのではないかと思えてならないです。
反原発と訴えない人=無関心。という意見も見かけるけど、
違う人もいる。
流れが脱原発の方を向いてる時に勢いをつけるというのは、問題を見過ごす要因にもなる。
だから静観している。そういう人多いんじゃないのかな、と思ったり、
(もっと多いのは忙しい人だったり^^;)
戦うべきは異論者ではなく未来へのビジョン!
と思ったりしつつ、それって異論だよねという矛盾。
・・・なんて事すら言える雰囲気でもなさそうなネット上(汗
現状
「言いたいことを言ってるだけにすぎない」=「勝者なき戦い」
という状況にも見て取れます。
ネットの声が世論になりえるかは今、問われてるところで、
その上で、仮に
ネット世論が世の中を動かす力を持ちえたとしても・・・数の論理がものを言う仕組み。
だとしたら、
問題は、「政治のあり方」と「民意が成熟しているか」という2点になると思います。
となると、民意元のソーシャルメディアのあり方も・・(逃げ道も同時に用意されている∴発信・参戦しない・場違い・反して自由)・・と、絞ったはずの問題の根が広がるばかり。
政治のほうは
・・・被災が進行中につき優先順位は然るべくしてそちらに。
そんな中での発信は混乱の要因になりかねませんw
マスであろうと個人であろうと発信情報の目的が扇動であるものに簡単に迎合するようでは、受け手の成熟なんてありえないです。
個人的には
時が来るまで、なりに学び考え、その時が来たら「一票」に反映させたいと思ってます。(仕組みが変われば話も違って来ますが)
だからこそ、1億2千8百万分の1として、
むりくりにでも明るい「今と未来を」見るようにします・・・・
あ、「言いたいことを言ってるだけにすぎない」
のは、自戒も込めて。
光だけを追い求めたりはしません。と後記φ( ̄^ ̄ )
はしょったつもりが長文、駄文、失礼な日誌になってしまいました。・・・・反省。